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自分を愛する

昨日、私のことを嫌った人たち(私は未だに彼らが大好きなのだけど)といづれか仲直りするには……ということを、くどくど書きましたが、一つだけ私に欠けていることがありました。自己愛です。
 

今日の朝、NHK「課外授業ようこそ先輩」で、田渕久美子さん (「江」(ごう)の原作&脚本家) の素晴らしい授業を見ることができました。
人を見つめることは、自分を見つめること。そして彼女がいいたかったことは、自分を信じて自分を好きになること。
若いころ、彼女はそれができなかったのだと。


そう、私がひとつだけ欠けていたことが、まさに自分を愛することでした。
自己愛とは、究極の無条件の愛の第一歩だと思います。
そういえば、「オーラの泉」でもそんなこと言っているのを聞いていましたが、そのころはひとごとで聞き流していました。


最近よく思うのです。
どんなに世界が広くとも、人が沢山いようと、私は、私を通してしか、この世の全てを見聞きすることができないのだ、と。すべての現象や情報を、私の身体の五感を通して脳を通して神経を通して取りこんで、私の心と体でそれらを考えて処理して行動に移している。
他の人や物は全て補助でしかない。
ひとりひとりが宇宙なのです。自己の宇宙の全てを決定づけるのは私でしかないのです。
私を嫌った一人が最後に語っていた「自己の世界の形成」「変わっている部分を誇りにして生きる」ためには、まずは自分を愛することから全てが始まるのだ、と。
「すごいよなあ私。頑張っているよね。お疲れ様。」と「もう一人の私」が励ましたり、ねぎらったりする。それを日々続けるだけできっと今年は何かが変わってくると思うのです。



自分でも、私は変わり者だと思います。それが自分にとって極めて自然な生き方であるにもかかわらず、そのことに自信が持てなかったのです。
人はどんなに自己主張しようと、いづれか世間一般的な生き方に吸収されてしまうもの、という根強い思い、とそうなってしまうことを恐れる自分がいました。
私には2つのトラウマがあります。12歳の時(初潮のわずか1か月後!)に、生涯非婚を強く決意したことを母に話すや否や(それはどうして?などとも聞かれず)頭から全否定されたこと。それが一つ。
もうひとつは、15歳の時、最初の音楽教室で、音大作曲科へ行きたい、シンセ奏者になりたい、という夢を話した私に、先生が「一生趣味で音楽をやる」ことを強く勧めてこられたこと。その後私はその先生に全くお会いしていません。
それらは、四半世紀経った未だに私を悩ませ、苦しんできました。
あと、こんなこともありました。2000年頃、ある家族を持つ男性に「その決心はアテにならない。結婚なんてのは、あれやあれやといううちにしてしまうもの。自分もカラダにこういう問題があって結婚はしないつもりでいたが結局は……」と私の「生涯非婚」を再び他の人に頭から否定されたこと。それを聞いた時は全身から血の気が失せました。そしてその人とはもう二度と会うまいと決意し実際もうお会いしていません。
なぜこのような問題が起こってしまったのか。それは私が自分の世界に自信をもっていなかったこと、自信を持っていなかったから自分の望むことを只管に実行・努力することがなくずっときてしまったことだと思います。自分の世界がきちんとできていなかったから、ただただ否定されてしまったのは当然だったのかもしれません。私がここで非婚といっているのは「独身主義」とは全く違います。主義という自己の頭での考えなんてたかが知れています。そういう人はご縁があれば結婚してきっとそれで幸せになるのだと思います。ただ結婚をするに対してしない、ではなくて、より能動的に何か別の生き方を生涯行う、その結果として非婚で生涯を終えるのだと思います。(ですから結婚願望はあっても結果として非婚で終る人もいるようです)非婚でなければできない、この世界での特別な(ごく少数の人間が行うべき)役割を天から与えられていて、それを生涯かけて行うということだと思います。それはもう本当に私などにとってはきわめて自然なことで、グレン・グールドがそう。上杉謙信もそうだし、チャイコフスコキーもそうでしょう。私の母方の親戚(母から見ておじに当たる人)にやはりそういう人がいました(一度結婚はしたがすぐにイヤになってその後独身のままだった。そして様々な考えを持ち様々なことを行い最後は酒の飲み過ぎで60代で生涯を終えた。見たことはありませんがひそかに尊敬しています)。長谷川町子さんは客観的にお姉様の家族を観察していたから(自分がその渦中にいなかったことで)あれだけの素晴らしい家族漫画が描けたのだと私は思うのです。




ともあれ、どんな生き方であれ、自分の世界が好きでなければ何も始まらないのだな。そして私は身体を壊してしまいました。もうこんな不毛な人生はおさらばして、自分自身をどんどんさらけ出してそれでみんなに呆れられて、でも中には共感してくれたりして、しかし決して近づきすぎず依存されることなく孤独だけは絶対に保ちたい…… そうやって後半生は生きていきたい。全てはあるべくして存在しているから。私は宇宙の意識の一側面であるから、私のあるがままの意識は宇宙の意識そのもの。これでいいんだ。
私が生涯かけて尊敬する人物がグレン・グールドだとしたら、私を嫌ったYという方が尊敬している人物というのが、江頭2:50氏だといいます。分かる気がします。
そして真に望むことは、今後は決して私自身の生き方がどんなものであれ、それに疑いや猜疑心は持たずに、つまりは「頭で考えずに」、楽しさとワクワクと安らぎの中でただ生きて、ただ死にたい。
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Date: 2011.01.09 Category: 独り言   
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Author:村山 智美
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