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音大、行きてぇぇぇぇぇぇ~~~~~

ふと思った………

音大、行きてぇぇぇぇぇぇ~~~~~

留学もしたいよぉ~~~

何がために!?

 

音大ということろに、遊びでしか行ったことのない私が思うには、
決してプロミュージシャン養成所、ではないのだと思う。
あくまでも就職とは直接関係のない、伝統を伝授してもらうための場所ではないのかな。
そのことは、音大だけではなくて他の一般大学でも全く同じ。
プロミュージシャンの直接的養成なら、他でもない、音楽現場こそがいちばん適した場所ではないのかな。
或いは専門学校の方がその辺は就職まで考えているカリキュラムだったりする。
でも、その辺は音大ってところも最近はかなり変わりつつあるのだと思う。特に私立は。



私が音大へ行きたい理由。
それは、青春すること。
本来、ハタチ前後でするはずだったその青春が私にはなかった。
行くとしたら、40代で行くことになるかな。
否それ以上になってもいい、まずは音大へ行かずにプロのミュージシャンになることが目標。そして沢山お金を貯めて(その方法は音楽以外の仕事でも全然かまわない)、もう音大なんかにいかなくたって……と周囲に言われるレベルになってから、私はどこか音大を受験しよう。つまりは普通の人の逆を考えている。音大はプロミュージシャン養成所ではないのだから!


以前20歳前後の頃教わったピアノの先生。桐朋のピアノ科卒であるにもかかわらず、
プロコフィエフの曲を弾いて罰金を払わされたという。
死後50年以内の作品は著作権が生きているという常識。クラシックピアノやって音大へ行ったにもかかわらず、そういった意識があまりなされないというのか。
この逸話から早19年経ったから、また状況は変わっているかとは信じているけど。



私のよく見る夢がある。昨夜も見た。
卒業して尚、再び学校へ戻り二度目の卒業を目指す夢。
それは、一度目の卒業に満足がいかないから。
自分が全然勉強しなかったことへの後悔の念は、卒業後何年経とうと消えるものではない。




青春するために4年間、音楽大学という音楽の聖地に身と心を置いてみたいという思いがある。
その後留学もしたい。どこへ!? わからない。ただ海外で暮らしてみたい。
もうこうなったら個人の野望だな。


やりたいこといっぱいなんですよ。
たとえばドラムを教わりたい。エレクトーンやっていて、今の電子オルガンで一番の盲点はリズムなんですよね。アレンジで、普段演奏することのないリズムをつくらないといけない。
できませんよ……。
だからドラムを勉強してみたい。
実際にはドラムの人の叩いたのをちょっとコピーさせていただければいいのかもしれないのだけど、
そうするにしても、基本を知っておきたい。自分で叩いて。
特にジャズね!



そういえば、音大ではないけど、22歳の時だったが、尚美(専門学校)のチューバ専攻の人たちの試験のピアノ伴奏をさせていただいた。
もっとしっかり練習しておけばよかった、という後悔がすごくあるが………
ともあれ、3人ほどご一緒させていただいて思った。
あくまでも学校なのだな、と。
試験前の練習室の熱気はものすごいものがあった。
でも、あくまでもそこは学校、だと思った。
学校。つまりはプロの音楽現場ではないのだ。
私が目指すのは優秀な学生ではなくプロとして通用して食べていけるミュージシャンになること。
学校での青春はそのために役に立つとは思うけど。



「大学へ行かなくても」「学校で勉強しなくても」そんな講釈はもうごめんだ。
自分が学校行っていない人にそういうこと言われたくないんですよ!
そのようにのたもうているご仁が、本当に学校へ行かないで成功していれば納得するのだけど、そういう人は音楽の世界でも沢山いらっしゃるのだけど、
成功していない人にそんなこと言われても私の心は納得しない。
きちんと学校へ行って卒業までした人にそれを言われたい。
何を言われようと、行きたい。いくつになってもいいから、行きたい、音楽大学へ!!!。
学びたいんです。勉強したいんです。もう一度高得点とって驚かれたい。褒められたい。


それと、仲間と楽しくやりたい。女子校はもうイヤだ。性別で人間関係を区別したくない!
女の子同士で固まる理由なんて何もないよ。まあ私の場合、それさえもみんなに許してもらえなかったのだけど。
私も、クルマや、バイクや、電車や機関車の話がしたい!!
特に音楽は、性別は関係ないから尚のこといい。音楽を介して、男でも、女でも、みんなと対等に仲良くやりたい。
私は幼稚園から高校3年までずっと周囲とうまくいかなかったからね。
いじめられ、嫌われ、奇異に思われ………或いは「あなたも女の子なのだから男の子に興味持ってやがては結婚しなさい」という「一般的」思いに毒され、私らしい「好き」が殺された10代。私はあの先生の熱心な人柄に惹かれた。そういったものも全て「恋愛」に組されてしまう。ちょっと音楽の先生と話をしていただけで「好きなんでしょ」などと周囲から思われ、「○○ちゃん」と言えば「○○くんのこと好きなんだ~!?」とからかわれ……。
それだけかよ!??
恋でもしなけれは、自分と身体の性別の違う人間と仲良くできないのかよ!?
あ~~~あ、つまんねえ………。
私が中高で女子校行ったのはね、そういったことがうざったくて少しでもない世界へ行きたかったから。
むしろ共学に行けばよかったと思っている。




もういじめられることのストレス、恐怖、自己嫌悪のない安らぎと喜びと楽しみの中で、
もう一度学校という所へ行って、たくさんの友をつくって、卒業したい。
いいじゃないか。将来の夢が、仙人になりたい! だって。


皆さんはご存知ではないかもしれない。
クラスメイトとごく普通に接することができない学校生活。
そんなの知らないでしょ!?







それは奇跡だ!!

クラスメイトとごく普通に接すること。話すこと。クラスメイトに奇異な思いを全く持たれないこと。
それは素晴らしいこと。私から言わせれば奇跡だ。


私は、常に私と、クラスメイトのひとりひとりとの間に「見えない嫌悪の壁」があった。
それも一方的な。
私はみんなと仲良くしたかった。ごく普通に接したかった。
しかしそれは許されなかった。
ニックネームで呼ぶことさえ私には許されなかったのだ!。


たとえば「たてばやし」という、長い姓の人がいたとする。みんなに「たてばっち」と当たり前に呼ばれても、
私は「たてばやしさん」といちいちフルで呼ばなければならないのだ。
それも、本当に必要最小限の連絡目的のみで。
そうでなければ「ムーランが『たてばっち』だって!」などと笑われるのだ。


「ええええええ~~~、ムーランと一緒………………うっそー!」
なにか「うっそー!」だ!! 私と一緒がイヤって本音を吐き出したくて、でもそれではマズいから「うっそー」で話を終えただけだろ!? そのパターンの台詞を私は何度も何度も聞いたんだよ。いろんな人たちに!!。


或いは何かのグループ分け。
私とグループを同じくした、私のそばにいる人が、ちょっと離れたところにいる別の人の名前を呼ぶ。二人は目と目で、或いはその意味ありげな表情のやりとりで会話している。
これもよくあるパターンだった。
その、こそこそ話とは

「見て~、ムーランと一緒のグループになっちゃった~! やだよぉ~」
「あらぁ~、かわいそう!」

というコトバを、目と目でいい合っていることくらいは、当のムーラン (10代の頃の村山智美) は分かっていた。



「ムーランと仲良しぢゃん!ベストフレンドじゃん!」
とひやかされた後には、只管の孤独が待ち受けていた。


修学旅行では、たった独りでいることをいいことに、何人もの人のカメラのシャッター押し役を務めさせられた。
私は愛きょう振りまいて「はーい、いちたすいちはぁ~~」などと叫ぶ。
「ムーラン人気者ぢゃん!」とみんなに云われる。

それが終れば、私の周りから全ての人が消えた。私は再び独りになるのだった。

人気者! 私のことが好きなんだろ!
だったらあんたたちのグループに私を入れろよ! 一緒に行動しようよ!
それもしたがらないくせに、何が「人気者じゃん!」だっっ×××!!!


当時の、昭和学院中学校・高等学校の (平成3年春) 卒業生たちよ!、私はムーランこと村山智美です。
皆さんの心の内は、当時の私は全て、全てお見通しだったんですよ!!。
どれほど悔しくて悲しくて辛かったか、てめえらにはわからなかっただろうけどよ!!!!!





自由行動の時間、長崎の宿の近くのみやげもの店で全ての時間を使い切ってしまうような奴らと、私は明らかに合わなかった。別にタクシー使ってどこか行ったって、集合時間さえ守ればよかったのだ。
私は、だから歩いて普通の住宅街へ繰り出し、地元の人たちが出入りする商店などへお邪魔してしばし語らう、とかがしたかった。地元の新聞を買って、土産物ではないが、その土地でしか売っていないちょっとしたものを買う。そんなことがしたかった。
でも単独行動はNGだから、敢えて一緒させてくれた数人とやったことはみやげもの物色。正直ザボンもべっ甲もビードロもカステラも私にはどうでもよかった。私は未だに観光旅行に興味がない。
そしてその夜のホテルで、人にあげるために買ったカステラのうち一本を、私がOKを出したわけではなかったのに1,000円分持っていかれて、クラスメイトに他の部屋でみんなで食べられてしまった。その後カステラも現金も全く返してくれなかった。私は「NO」と言ったのに聞いてもらえなかった。翌最終日にしかたなく長崎の駅のホームで、東京でも売っている「ひよこ」を買ってすませたが、残念でならなかった。


校外学習の類。気がつけば独りだった。独りがいちばんだった。
しかし団体学校旅行ではそれはNG。そこにジレンマがあった。
だから学校の外へみんなで行くことは本当に辛かった。
「フィールドワーク」という言葉に、私はかつての校外学習での辛い思いを思い出し、未だに嫌悪感を抱く。







でも、それはある意味当然だった。
生きている場所は同じでも、生きている次元が違っていたから。



だけど、その後の人生修行で、こんな私でもみんなとうまくやれることは分かった。
その方法とは、私は変わり者であることを自ら認め、その上で明るく接すること。
そして自分の本当に好きなこと、やりたいことに専念すること。
勉強でも仕事でも行事でも、みんなと一生懸命にやること。


今、私が尊敬する人たちがいる。
その方たちも恐らく、学校ではさんざんいじめられたに違いない。


ともあれ、音大作曲科、行きたいです。いろいろな意味で、学校というところにもう一度身を置きたい。


15歳の頃。
音楽では食べていけないよ、やりたい人が沢山いるのだから。需要と供給のあまりのアンバランスで………
そうやって「一般論」をくどくどと並べ立てられた。今思えば私に関しては「ムラヤマくんは、今まで、ごくふつーにやってきた」それしか言ってくれなかった。

そんなんで音楽で食べていける人になれるワケない!!!

先生はそういいたくて仕方がなかったに違いない。
しかし言ってくれなかった。どうせ言ったって彼女は理解できなかったから。


私はそうやって、15歳で音大への進学をあきらめさせられた。
だけどあれから23年。私と同年代の多くの人たちが、音楽で食べる人になっている事実。


音楽という世界を趣味だけのものにとどめておいてはいけない。
命がけで (それで食べていけるか否か) 音楽やる人は絶対にいなければならない。
そうでなければ、人間がこの地球上に登場して以来、或いは J.S.バッハが登場して以来綿々脈々と続いている音楽の精神と技術の伝統が途絶えてしまう。
生きるか死ぬかの次元になって発現される人間のもの凄い潜在意識があるからね。
まあそれは大袈裟な話だけど。実際には「なぜ音楽を職業にするのか」理由なんてないのだと思う。
なんでもいいのだけど、就職の面接で「子供の頃から憧れていた」と言われれば、立派な志望理由である。
なぜ子供の頃、それに憧れたのですか!?なんて聴きなおす人事担当者は恐らくほとんどいない。
それはもう、人知を超えた次元だから。
仕事だから大変なこともあるのはどの世界も当たり前。
大変なのは、音楽だけぢゃない!!!それは様々な世界をみてきた私だからこそ自信もっていえる。大変なのは音楽だけぢゃないんだ。
大変なことがあるからそれはやめる。そんな理由が働いて本当にやめるのだとしたらそれはその程度。
苦楽を供にする覚悟があるものこそが本物。
誰に何をいわれても私はこれが好き!それが本物。






何年先かわからないけど、行きたい音大(日本国内)の候補をいくつか。


大阪音大の作曲科
別に尊敬する西本智実さんの母校だから、というわけでもないのですが。
不純な理由かもしれないが、私の尊敬する人間の一人が大阪の人間である。その方を育んできた大阪という地に4年間暮らして、関東とは違う世界を留学の如く体験してみたい気がする。なんだか怖い気がするけど。 (大阪の皆さんゴメンナサイ…)
(しかし不純な理由で選んだ場所から、素晴らしい世界が拡がった事実が私には実際あるから。)


東京音大の作曲科映画・放送音楽コース
「映画・放送音楽」メインでつくれて学べるというところが面白そう。この学校はかなり商業色が強い気が以前からするが、今の時代そのくらいの方がよい。
池袋。実家から通える。


国立音大の電子オルガンコース
松本淳一氏の母校。先生は名だたるエレクトーンプレイヤー達。
あと国音の作曲科って、商業音楽(映画・放送)の作曲のコースもあるみたいですね。時代の趨勢。
実家からはちょっと遠いから近くのアパートを借りることになるか。



電子オルガン中心で学ぶか、作曲中心で学ぶか、迷うところですが、
学校は最終目標ではないのだから。何を学ぼうとその後何をするかが大切だから……。
厳密にいえば、クラシックとジャズ・ポピュラーとどちらかを選択せよ、などと求められたら困ってしまう。
どちらかに行けないですよ。区別なんてできない。
でも敢えて大学4年間で専念するとしたらクラシックかな!?。
また何年かしたら、社会の音楽シーンへのニーズも変わり、当然音大側もそれに対応しなければならなくなる。どう変わっていくのだろう。




などと、夢を描く……。
とにかく、前向きにいきますよ!。全ての過去のマイナスをプラスに変えることはできるのだから。





すみません、感情的なひどいことを書いてしまいました。
でも、これが私です。ここから抜け出すのも私です。
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Date: 2011.02.06 Category: 独り言  Comments (0) 

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