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前向きに。(2/24 '11 補記)

HS-8を卒業してから、今日でちょうど1週間が経ちました。
今月は、その他本当にあれこれ身辺をリフレッシュしたもので、しかも仕事はいつも通りありなので、ちょっと疲れてきてしまいました……。
 

いろいろ邦楽、洋楽、今まで私があまり聴かなかったものをいろいろ聴いてみたりもしました。
今日は、ヤフオクで500円で落札した、EL&P 「タルカス」LPが届いたので、早速聴きました♪
というのは、2/20(日)の「題名のない音楽会」が、吉松隆オーケストラ編曲ヴァージョンのタルカスの特集だったからです。オーケストラに編曲される前の、原曲を、レコードで聴いてみたいと思ったのです。
EL&P「タルカス」と、そのオーケストラヴァージョンは、以前から関心があったのですが、今回の「題名のない…」で抜粋曲を聴いてみて、やはり面白いなあ、と。これはオーケストレーションの勉強になるかも、と。どのみち原曲LPと、吉松隆オーケストラヴァージョンCDは、番組で聴いてよかったら買うつもりでおりました。
そうしたら、抽選で5名に、吉松ヴァージョンのCDが当たる、との番組ラストの告知を見て「これだ!」血が騒ぎました。すぐに、机の引き出しに一枚だけ大切にしまってあったハガキを取りだして、タルカスの絵を書き、蛍光ペンまでつかって「CDほしいです!」と大きく書いて、即日投函しました。まあ人気ある番組で人気あるCDだからねえ………。






きっかけは、大学生たちのコーラス。

今夜、NHKで「ゆず」の特集をやっていました。デビュー当時の軽いイメージから最近はかなり成長されたように思えました。
その中で、大学の合唱サークルの人たちにコーラスをお願いしている曲を披露していたのです。


申し訳ない、そういう場面を見ると私はいたたまれない気持ちになってしまうのです。


妬みなんだか、なんでこれだけ大勢の大学生がこの世の中に存在するのか………。
大学行くって、4年間で学費だけで数百万かかるんじゃないんですか!?
奨学金ってったって、最終的には返さなくちゃいけないものですし。


それなのに、高校の次の当たり前のステップとして大学へ進学される皆さん。
そして卒業後、当たり前に大学時代のことを語られる皆さん。




それができなくて、もうすぐアラフォーになるというのに、あきらめきれない私のような人だってこの世の中にはいるんですよ。



私は、いくつかの都内、県内の大学へもぐってみたことがありますが、やはり高校までとはまったく別の世界がそこにありました。そして会社ともまた違う独特の世界。


学校の中にコンビニやファーストフード店がある!


それを「当たり前」と捉える方は大学卒の方でしょうし、私はそういったものを垣間見ましたが、もしそれをしなければ未だに「うそー信じられない!」だったと思います。



私は、15歳の時に私を音楽の世界からあきらめさせようとした先生にはっきりといわれた言葉が忘れられません。


「遊ぶために大学へ行く」


当時はバブル期だったからでしょうか。しかしながらある意味、このコトバは、タブー、禁句です。それをハッキリと、私にだから、そう先生はおっしゃっていたのです。


ですから私は、素直に音楽大学への進学をあきらめましたし、一般大学さえも「未だ」行っていません。


そして身体を壊しました。叶えたくても夢をかなえられない辛さをもう10年間味わっています。



でも、その病気を引き起こしたかなり大きなストレスだったのが、私の異常なまでの、過去へのこだわりだった気がします。


一週間前、HS-8:古いエレクトーンをとうとう廃棄しました。部屋はすっきりしました。
直後までは息苦しさがありましたが、結局のところ、私は段々と、このことだけではなくて、とにかくなにごとにおいても前向きに行こう、段々そう思えてきました。




私がなぜ大学へ「まだ」行けていないのか!?


その理由を「両親とも片親育ちだから」などという、不可抗力に帰結させてあきらめるなんてことは私の世界にはありません。




家庭環境に恵まれなかった…………… だからこそ、だからこそ努力できないのか!??。



とにかく、私の夢の一つ。

私、村山智美は、今年2011年、39歳になりますが、まだ一度も大学というところへ行って卒業していません。
私は、大学へ行って学びたいのです。遊ぶのではなく、学びたいのです。
ですから、何歳になってもいいから、大学へ行きます。そして、一生懸命、勉強します。




前向きに。
誰のせいでもない。私が努力をしないといけないんだ。お金を貯めよう。そして勉強しよう。
何年かかったっていい。



誰のせいでもない。
今では信じられないかもしれませんが、高校卒業当時、私の家にはバブル期だった故、100万円の余剰金が父の枕元の金庫に入っていたのです。

そう、それは間違いなく、私が音大等に進学することになっていた際は使われていたお金。もちろんそれプラス奨学金にはお世話になったかと思うけど、少なくともそれだけのお金はあったという事実。

そして、そのお金は、父が「高校まで面倒みたのだから、それから先はオレの人生を楽しみたい」という (このことをある大人に話したら全く理解してくれなかった!) 理由で、僅か半年でその100万円は湯水のごとく、父の「人生を楽しむための遊び」で消えてしまいました。



それは結局のところ、父が悪いのではなくて、私が明確な意志を持っていなかったからに他なりませんでした。
その、明確な意志が、私にはまだよくわからなかったから。私は一体、何を、どうしたかったのか。



いろいろ興味は持ちましたが、後半生は音楽に専念したいという気持ちです。
いろいろな今までに知ったことは、音楽を作るために有効に使用していきたいです。
そして、音楽大学、是非行きたいのです。
行くなら、商業音楽のつくり方を学べる作曲科がいい。





こんなふうに、
私は時々、発作に襲われるように「大学へ行きたいんだよ! 私はなぜ未だに大学へ行っていないのか!??」とうなされることがあるのです。
それはテレビ番組などを見るとよく訪れます。大勢の大学生が出ているクイズ番組とか。
ある漫画に、大学時代の思い出みたいなことが描かれていたのです。そんなもの見てもその発作は突然出てきてしまいます。




今まで書いてきたことと矛盾するかもしれないけど、

私の場合、とにかく勉強に専念したい。音大行くなら、命懸けで曲作って、首席卒業を目指します。
作曲科なら卒業時「大学が作品買取」が夢。逆にいえば音大作曲科行くなら、そのくらい優秀でない限り行く価値がない気がします。そうなれないのだったら音大へ行かなくていい気がする。音大へ行っていない素晴らしい作曲家は沢山いるし、むしろ音大に縛られない方が彼らにはよかったのかもしれません。
「タルカス」オーケストラヴァージョンを編曲された吉松隆氏が音大で学んでいないこと、無調曲を書かないこと、若いころ作曲のコンクールで悉く落選だったというのは恐らく、調性のある音楽を書いていたから!??



無調の曲でなければ、作曲コンクールに入賞できない、音大作曲科を優秀な成績で卒業できない、のだとしたら音大作曲科なんて行く価値はないと思う。
ポピュラー音楽をみてみましょう。映画音楽も、今現在その大部分は調性がありますよね、未だに。
なかったのは、20世紀後半のそういう流行りの一時期は、ない曲も多かったけど。
またそういった曲が似合う場面ならいいのだとは思うから、無調曲全てを否定はしたくはないです。
私も、吉松氏と同じで基本的に無調曲は書きたくありません。故に芸大作曲科なんて私は絶対にムリだと思う。



しかしながら最近では音大も変わってきつつあるから、商業音楽のつくり方を学べる専攻を選べばいい。それはやはり私立がいいんじゃないかな。




やはり憧れる、芸大作曲科

今までの、音楽大学のレベルの序列なんてものは、そのうち崩壊する、或いは意味をなさなくなる時は近いに違いない。というか、もともと音大の序列と実際の卒業生の音楽レベルはあまり関係ない気がする。個人差もあるし。
まあそれでも憧れはあります。何年も浪人して芸大の作曲科へ入る人の気持ちが分からなくもないです。私にとっても芸大の作曲科というのは、音楽の世界の頂点だと信じて疑いません。同窓会へ赴けば、そこにはそうそうたる音楽界をリードする人たちがごろごろいらっしゃるのだと聞きました。自分がその中の一人になるというのは確からに憧れであり夢ではあります。
だけど、わけのわからない無調曲を書かないと、そういった世界の人になれないのだとしたら、イヤですね。




それと、私はいくつになってもコンクールにエントリーしたい。

いわゆるコンクールにエントリーするのは若い人たちばかり。でも電子オルガンのコンクールなんてのは知っている限り年齢制限がない。作曲のコンクールにも年齢制限がない。ピアノのコンクールの中にもないものがある。
だから、思うに、もっと40代、50代、それ以上のコンクールエントリー者が増えてもいいんじゃないのかなあと。
問題は、体力か。時間と、体力と、あとは家庭を持ってしまうとそんなことはできない。中には家族を養いながらエントリーして優勝してしまったピアニストもいるが。


自分の過去の実績や才能を自負する余裕があるのなら、今からコンクールにエントリーすれば、と思う。私はそうしよう。体力を維持しなければ。
もうこれ以上は若手に譲らなければ、と思った時点でコンクールは卒業すればよい。


脳の老化防止で○○をするとよい………だったら、突拍子もなく今までやっていなかったことにチャレンジしてみたらどうか。
故・葉室頼昭氏が医者だったのがそれこそ還暦過ぎて!?神職の資格をとるための勉強を始めた時、脳がなかなか受け付けなくて大変だったとか。それが氏は神職の最高位まで上り詰めた。すごい。
そういったことをやればいいのでは!?




分業化へ。

葉室氏曰く、人間は、神さまの持つ無限大な宇宙意識を具現化するために存在するのだと。私もそう思う。
これからは人間は分業化すればよい。
家庭を持ち家族を守り子供たちを育てる人たち、そのために自分に合った仕事をする人たち、と、
それらと関係なく終生、なにかを窮めるためだけに生きる人と。いわゆる昔は出家者などといったが、それはなにも仏門だけではないのだと私は思う。

60数億人、全てが、結婚して数人の子供を産み家庭を築いたのでは、絶対に創り得ないものがある。
もちろん、家庭と、好きなことと、両立していく人たちはこれからもいると思う。
でも両立には限界があるから、どちらかに専念する人もいる必要がある。
一時的にそうするのでもいいし、終生そうするひともごく一部に必要だと思う。
子供を産みたい人は、もっと産みやすくしなければ。育てやすくしなければいけないと思う。
そして下の子が小学校へあがるくらいまでは、できるだけ育児に専念できるといいと思う。
だから、分業化すればいいんだ。
そして、マイノリティといわれる人たちを軽蔑するなんてのはやめよう。
60数億人、全てがこうあるべき、それに当てはまらない人は異常、おかしい、それは「こうあるべき」に彼らもならなければならない、なんて考えは、少なくとも私は大反対だ。
自分の考えがしっかり持っていない人に限って「べき論」を唱えるのかもしれない。




家族を大切にすることから

人間は単に猿から進化したのではないのだと私は思う。
人間は今現在、長いながい進化の途上にある。
結婚して子供を産むということは、あくまでも進化の途上だからみんな (ではなくて大部分が) しているのである。
人間が更に進化して歳を取らなくなってしまえば、結婚して子供を産む必要がなくなるということだし、家族という概念が、もう地球上のみんなが互いに結婚しているようなふうになってしまう、みんなが家族で心が通じるようになるのだと思う。それが家族と言う概念の究極の行きつくべきところなのだと思う。
仏教で「菩薩」とか「如来」などといわれる方々は、実は、私たち人間の魂が進化した未来の姿なのだと思う。
既にそれにかなり近い人たちも実際にいる。
仏さまは本質的には男でも女でもない。肉体はどちらかだけど。観音さまは基本的に女性が多いのだと思う。でもそれは「女性性」とでもいうべきもので、男に対する女ではなくなっている。
アマテラスさんもそう。女性だけど、それは女性性を持った崇高な存在なのだと思う。

しかしみんながそうなるには、あと何万年も掛かるかもしれないだけど。弥勒菩薩なんか何十億年も先にならないと現れないっていうし。

それはとてつもなく先の話。でも今できることは、やはり家族の大切さをみんながもっと自覚することと、ひとりひとりが自分自身を生きることである。
今年の大河ドラマ「江(ごう)」は、恐らく、「心からの思い」を大切にすることをテーマにしている気がしてならない。
それと、毎年どのドラマも観ていて思うのだが、どの主役も家族がしっかりしている。篤姫も、直江兼続も、坂本龍馬も、江姫も、共通するのは、みんな家族がしっかりしていたこと。




大河ドラマついでに書きますが、大変申し訳ないのですが、ドラマをまともに観てもいないのに批判を書くのはどうかと思う。
まずはよく観てから書いてほしい。ドラマを毎週欠かさず観ている人たちで批判ばかり書いている人が大河ドラマに多いのは、それだけインパクトがあるからだと思う。それなら批判だってよいのだと思う。
確かに受け狙いで坂本龍馬を選んだのかもしれないし、今年の江もしかり (女性を主役にした大河は成功する確率が高いようだ)。
それらが視聴率を確保するためのうわべだけの受け狙いの使い捨て的につくられているか、どうかは、まずは大河ドラマをご自分で毎週見てから判断されても遅くないと思う。
私が大河ドラマを面白い、よいと思うのは、製作スタッフの皆さまの熱意、思いを感じるからです。
特に最近は意識の高い人たちが多く、それは特別なことではなくて家族の絆の大切さ、新しい時代を切り開いていくことの素晴らしさと難しさ、仁愛の精神だとか、心からの思いを大切に生きることだとか、やはり単なる受け狙いの使い捨てだとは私は思えないのです。





私にとっての「前向き」とは……
まずは、前向きになろう、という決心。その上で、私は、何をどうしたいのか。
人の評判を気にするのなら、前向きとはいえない。
バ○にされたのだとしたら、それは自分の考えがしっかりしていない証拠。
あるいはバ○にした人こそがバ○といえる。
人に嫌われたとしたら、それは私に問題があるから改善しよう。
その人を私は愛する。私を嫌おうとその方の素晴らしさは変わらないのだから。
自分が望まないことは、そもそも考えなければよいようだ。それだけみたいだ。
考えるとそこで振動波が発生するから、その望まない現象をどんどん引き起こしてしまうことがわかった。意識の密度が、現象の密度である。


早く、かの先生にお会いしたい。私は教室を飛び出した時から23年間、一度もお会いしていない。
今は未だ、先生のネット上の写真でさえも正視できないのです。
それは、私が音楽で成功するまで消息を絶つため。
それとネガティヴな言葉をもう二度と聴きたくなかったから。
私はそれらのネガティヴな言葉を、今になるまで反芻し続けてきた。
そしてそれらは、私が「消息を絶つ」ことを守り続けてきた故、全くアップデートされずに今日に至ってきた。


まずはそんなことを気にしてきたこと。私もなんて無駄なことにエネルギーを費やしてしまったのか。
これからは、曲が書きたい。全ての思いを、不満をぶちまけるのではなくて曲にぶつけたい。
作曲で成功する確率はひっじょうに、うすいね! はい、それでいいです。岩崎光弘先生!
音大へ行きたいのなら、勉強しないといけないし、金も掛かる。どのみち楽な道ではない。
でもあきらめない。世界には正門だけではなくて、裏門だって勝手口だってあるのだから。
だから実際、finaleをタダで手に入れてしまった。


私は、岩崎先生の言葉の盲点の一つと考えた「ヤマハ」で、「エレクトーン」の仕事に就くことができたら、先生と堂々と再会しよう、とずっと考えている。そしてヤマハのロゴ入り名刺を先生に手渡しすること。
それは1988年の時点から全く変わっていない。
何故ヤマハがいいかというと、商売がとても上手な会社だから。私は音楽で食べていける人たちをたくさん生み出しているヤマハの商業システムに惚れたから。

そして、先生が全く語っておられなかった、音大作曲科卒の人たちが主にされる仕事がある事実……… 放送や、ゲームの音楽をつくったり編曲したりする仕事に就くことが当面の望みです。

アーティストになれない人が仕方なく、学校の音楽の先生、音楽教室の先生になるのだ、しかしそれらも需要と供給のあまりのアンバランスでなかなかなれないんだ、と先生はおっしゃっていました。

ところが、私が1988年に、その先生のことばにたじろいで以来、結局何もできないでいたこの20数年間、
私と同年代の人たちが、ヤマハ音楽教室やカワイ音楽教室などで、どんどん先生として活躍されている現実。
結局は、私が一生懸命でなかったことが全ての原因でした。
また、申し訳ないのですが、「仕方なく」先生職に就く、というのでは、生徒はえらい迷惑です。
教えることにも才能が必要です。
また教えたい、という熱意が必要です。
本当に教えたい先生に、私は教わりたいし、私もなりたい。





大学へ行けなかったのは親のせいではない。親の親のせいでもないし、親の親の親の………どこまで先祖をたどって誰を憎めば気が済むなんてことはない。
ご先祖様のせいにはしたくはない。
でも自分のできる努力はできる。


家系も私は信じない。
私は村山家だけではなくて母方の杉山家からもDNAをもらってこの世に生まれて生かされている。
誰もが父方と母方と両方からDNAをもらっている。その父も、母も、父と母からDNAをもらっている……………大切なのは、それら遺伝子をON、OFFするのは自分自身の自由意志なのだということ。


そして、やはり、この世界には科学では解明できない見えない世界が存在する。
私はそう信じる。それをうまく利用したい。利用するというか、逆で、それらに私は利用されているのかもしれない、とも考えられる。

そもそも、何故音楽をやりたいのか? それも作曲がしたい。オルガンが弾きたい。何故!??
もしも幼いころの家庭環境だとか遺伝子だとかがその理由だとしたら、それらは私の意志とは全く関係がないということだ。たまたまそういった家庭環境だったから!? そういう遺伝子をもらってしまったから!?






岩崎光弘先生に申し上げたい。
同じ花を見ても、見え方は百人百様なのではないでしょうか!?






私は、私の意志で音楽がやりたいんですよ。



残念ながら、私の身勝手で、音楽の世界で沢山の人たちを敵に回してしまいました。
私自身がそうしたことがあり、あちらからそうしてきたこともあり。
それらを、いづれか再び和解へともっていくことも夢。
そのためには、ただただ私の音楽が全てを解決すると信じます。








ああ、一体わたしはなにを真夜中まで書き綴っているのだろうか。
もともと、テレビで大学生の集団を見てしまったことから火が付いてしまった。
そこに戻る。とにかくまずは前向きになること。そして努力すること。
私が大学へ行けないでいるのは100%私のせいだということ。
私は、努力ができる人。日商ワープロ2級、漢字検定準一級、2級ボイラー技士の免許も持っている。だからやればできるんだ。


夢はいくつもある。ひとつは金持ちになること。
これとて、子供の頃は兄にバ○にされた。
でも、本気なんだ。
金持ちと言っても、セレブになりたいわけではなくて、質素倹約な金持ちになること。
普段はさんまの開き定食で十分(笑)。でもたまに仕事とかで海外へ出張して、そこでおいしいものを食べて、僅かな時間におみやげを買う。それで十分。



夢はまだある。性別と、言語の壁を取っ払うこと。
性別の壁を、まず私から取っ払うこと。
恋愛・結婚という極端な関係でなければ仲良くできない性別の違う人間同志。このことが人間の文化の発展を妨げていると私は考える。
恋愛・結婚とは全く関係のない、性別を超越した友情・交流関係をもっと人間の世界に確立すること。
まあそのためには、性別を超越して生きる決心がまずは必要かもしれないのだけど。少なくとも私は生来その決心でいる。

人間が、男性と、女性と、その2つしかない現実は変えられないが、なにか客観的にみて、それらを超越した存在がある気がする。その2つだけでは宇宙の無限大な意識を表現しきれない気がする。

名前なんかみていると思う。男らしい名前と、女らしい名前がある。しかし僧侶の名前なんかは基本的にどちらでもないでしょ!?あと芸事をしている人たちがもらう名前も、そこには性別がないことが多い。


私のハンドルネーム「翆頌」(すいしょう 翡翠と水晶 頌はほめたたえるの意) も、これは意識的に男でも女でもない、性別を超越して生きたい私の意志が込められている。その私の希望の上で、ある日ふっとひらめいた言葉です。





言語の壁も、文化の交流を妨げている。
そのためには英語だけでなくて沢山の外国語を学んでいきたい。
そして国内の人たちと同じ感覚でブログなどで交流したい。
既にYouTubeがそう。英語が書けなくてコメントのやりとりができないかなしさを今味わっている。
だからまずは英語から。






まずは、こんなこと延々と書き綴ること、それ自体を卒業することから全てが始まるのかも。
今、私は仕事とプライヴェートの区別のない生活である。
身体がよくなって、外で派遣でもいいから安定した仕事に就けば、その区別が明らかになる。
それまでは、本当は音楽なんてやっていられる身分ではないのだ。
早く、身体をよくしてこの生活から脱しなければ。全てはそこから。
私を嫌った人たちに、本当の私をみせることもそうすればできる。
大学へ行くことも、コンクールにエントリーすることもできる。





私も、早くもっと楽曲解析・練習レポートとかの連載を再開したいのです。が、今の自分の環境ではしばらくそれはできそうもありません。
とにかく、時間がないのです。
全ては私の身勝手で、身体を壊してしまったことが原因。
ですから一日も早く、心身を痛めているストレスをなくすことが先決だと思います。
私には右指に障害があります。身体を壊しだした頃と全く同時期に突然生じた障害。これも段々とその原因というか、意味がわかってきました。全く動かないわけではないのです。日常生活にはほぼ問題はないのです。しかしその奇妙な状態を見ていると、私の今までの、自分のない、他に依存し翻弄されてきた生き方が見えてくるようなのです。ものすごく象徴的なのです。そういったメッセージ性を私は自分の右指に感じます。こうやってパソコンのキーボードを叩くのでも実はスムーズではありません。指を直さなければ、作曲するのだって指でキーボードを弾いて入力しなければならないのですから!。



そんなわけでブログは、前に予告しましたように、無期限休止とさせていただきます。とっても残念です。
でも、必ず戻ってきます。このブログは私の生涯に渡る音楽家としての成長記なので。
いろいろな世界を回ってきましたが、もう後半生は、音楽だけを命懸けで窮めます。



ブログ休止にあたって、改めて書き残しておきます。
私・村山智美の今生最大の夢は、大型NHKスペシャルの音楽を担当することです!。
そして番組の最初と最後のテロップに「音楽 村山智美」と表記されることです。



それでは、皆さまと直接お会いできる日を楽しみにしています。
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Date: 2011.02.24 Category: 独り言   
人間が好きになる名言

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村山 智美

Author:村山 智美
作曲家の雛です。

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